商工中金不正融資事件の背景
—震災復旧は融資・お金の問題か?—
笹子 善平
2017年、商工中金で政府の「危機管理融資制度」を悪用しての、条件非該当の融資が組織的に行われたと発表がありました。深刻な大規模自然災害や金融危機により一時的に資金繰りが悪化した企業が、税金での利子補填・信用補完を受ける制度を、商工中金が対象となる企業の財務諸表を改ざん・自作し業績の悪くなった資料等を整えて新規融資した。融資条件である雇用の維持等の確認を意識的に怠って従業員を解雇等した企業の利子等条件変更をすることをしなかったと言うものです。全国100近い店舗の97%の店舗で不正がありました。
マスコミは、自動車メーカーなどの無資格技師テスト等一連のコンプライアンス違反事例と同じ、遵法精神のないモラルの低い大企業の犯罪と断罪しています。動機は、民営化の議論のある中、組織の存在感を高めるための実績作りとしています。(2018.2.11日本経済新聞)大きな自然災害を受けて困っている中小企業の役に立つ組織は必要だと印象づけようとしたと言われています。
偽造資料での国の制度の悪用は、公文書偽造同行使に及ぶ可能性もある犯罪行為で、大問題です。しかし、商工中金の全国100店舗で目標・ノルマを課して必死に探しても、大災害等で資金に困り融資を受けたいと考える企業が見つからなかった事実も同様に重要な問題であると思います。
地震などで工場や店舗が壊れて建て直すための資金や操業停止期間を経て復旧までの運転資金などは、当然必要でしょう。問題は、必要を満たすのは、融資だけではないと言うことです。自己資金がある企業であれば、必要ありません。また、その企業がサプライチェーンの中で重要な企業なら、仕入先や納入先が、支払い猶予や前渡金で支援すれば銀行融資は不要です。全体の中で、融資を必要としている企業の数/割合とその趨勢はどうかがポイントです。
数字を見ていきましょう。東日本大震災を震源地に近い宮城県の地銀大手七十七銀行の財務数字です。
七十七銀行の財務状況
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2011.3 |
2012.3 |
2013.3 |
預金 |
5兆3,600億円 |
6兆5,323億円 |
6兆8,971億円 |
貸出金 |
3兆5,057億円 |
3兆6,490億円 |
3兆7,708億円 |
地方自治体の外郭団体である信用保証協会などの公的な銀行融資へのサポート(貸出金が返済されなかったときに協会が弁済する。)や金融庁の指導を受けながら、融資は約4%の増加に過ぎません。一方、生活資金/震災被害への補修等で資金が引き出さるかと思いますが、預金は大幅に約22%増加しています。保険金や補助金が還流した結果だと言われています。
大手の銀行は、危機下に中小金融機関から預金の移動があるのではないかとの仮説も可能ですが、信用金庫の状況は以下の通りです。
(信金中央金庫/全国信用金庫概況統計:都道府県別預金・貸出金残高,単位億円)
2011.3 |
2012.3 |
2013.3 |
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岩手 |
預金 |
6,974 |
7,396 |
7,595 |
貸出金 |
3,537 |
3,533 |
3,538 |
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宮城 |
預金 |
7,653 |
8,995 |
9,810 |
貸出金 |
4,421 |
4,465 |
4,533 |
|
福島 |
預金 |
13,289 |
14,594 |
15,549 |
貸出金 |
6,853 |
6,954 |
6,910 |
貸出金は微増、預金の顕著な増加の傾向は、信用金庫などの草の根レベルも含む預金余剰の傾向であることがわかります。
一般に融資制度は、「やる気」と「能力」のある企業/事業主が、「お金」さえあれば、起業出来る・儲けられる・災害から復旧できるときに融資をして、貸手も借手も適正利子を介して、相互にメリットを受ける仕組みです。
でも現状の問題はお金ではなく、むしろ「やる気」と「能力」の問題の方が、大きいと言わざるを得ません。私は、神戸の出身ですが、阪神大震災から23年を経て街は完全に復旧し、インバウンドの観光客の需要もあり、表通りの繁華街は以前より賑やかになっています。その中で、もとに戻らなかったのが、被災したいわゆる「市場」とか「個人商店」です。完全に償却の終わった設備・店舗を老夫婦で切り回している個人事業にとって、震災は廃業のきっかけに過ぎませんでした。東北の農林水産業も同じように、過疎や後継者難にあると思います。
震災はこの問題を、さらに厳しく顕在化させるのだと思います。困っている人はいます。しかし、本質的な問題を避けて通る、大きな自然災害を受けて困っている中小企業の役に立つ「融資制度」は、政治家や公務員のアリバイ工作としか思えません。
帳尻を合わせろと現場に投げられれば、「危機管理融資制度」の「低金利」をセールスポイントに、「やる気」と「能力」のある程度ある対象外の企業に、単になる「お金」ではなく「金利の低いお金」を、書類を偽造して供給したのがこの事件の背景だと思います。
「降る雪や、明治は遠く、なりにけり。」と、中村草田男が昭和6年に、自分の卒業した小学校の付近を散歩している時に詠んだと言われています。今、平成が終わり昭和は「ふた昔」前になろうとしています。震災復旧が、問題解決が、融資・お金の問題であったのは、昭和の発想です。社会の変化を考えて、「何が価値か」、「何がリスクか」、「そのための対応は何か」を、今問い直していくことが必要だと思います。