新型コロナウイルス感染症COVID-19対策で
日本が台湾から学ぶべきこと

順天堂大学大学院医学研究科

研究基盤センター

助教 坪内 暁子

1.はじめに

中国湖北省武漢市で感染被害が報告された新型コロナウイルスの情報はWHOからの報告やニュースを通して昨年12月半ばには日本に入っていた。しかし、WHOから警鐘は出されておらず、また、これまでも中国ではSARSMERS等新興感染症の発生が報道され日本への影響も少なかったため、その段階では日本政府も国民も「対岸の火事」という認識であったと考えられる。

WHOが各国に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したのは、それから1ヶ月以上経過した1月30日、中国だけだった「非常に高い」危険性評価を世界全体に広げたのが2月28日、さらにその約2週間後の3月11日になって、ようやく、その事態を「パンデミック」と形容した。SARS流行時と比べてもWHOの判断と警鐘は遅きに失した感がある。その時点で、被害国は114カ国に及び、感染者は118,000人を超え、死亡者は4,291人、日本の感染者は568人、死亡者は12人になっていた(厚労省発表)。

現在の世界の感染者数は3,727,295人、死亡者258,326人で、212カ国にまで被害は拡大している。日本では、感染者報告がないのは岩手県のみで、感染者数15,253人、死亡者556人、快復者4,496と報告されている(worldometer 56日)。

 

2.日本政府の対応

日本で初めて感染が確認されたのは1月16日で、武漢から帰国した神奈川県在住の30代の男性からであった。初めての国内発生報告(ヒトヒト感染)は、1月28日で、感染者は武漢からの観光客を乗せた奈良県在住の観光バスの運転手だった。同日、日本政府は新型コロナウイルス感染症を指定感染症に指定すると発表した。1月29日以降、武漢からチャーター機での帰国が始まった。2月19日には、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から、陰性の乗客の下船が開始となった。2月25日、日本政府は、「今後の国内での健康被害を最小限に抑える上で、極めて重要な時期」として、企業に対し発熱等の症状が見られる職員等への休暇取得、テレワークや時差出勤の推進等を呼びかけ、同時に、イベント等の開催の必要性を改めて検討するよう要請した。2月27日、全国の小中高・特別支援学校に32日から春休みまでの休校を要請した。3月5日になって初めて、中国と韓国からの入国者には2週間の待機要請(9日午前0時以降)を行った。3月30日に、東京オリンピック・パラリンピックの延期が発表された。続けて、4月7日には東京等の都市部に、16日には全国的に緊急事態宣言が発せられ、GW中の4日には、宣言の期限を5月末まで延長すると発表された。行動制限以外では、4月下旬からは、全国1世帯2枚の布マスクの配布が、5月中旬からは全国民に10万円/人の特別定額給付金の支給が決定した。

 

3.SARSの被害を教訓とした台湾の感染症対策

SARS流行時、中国との政治的事情によってWHOに加盟できていなかったばかりに情報取得が遅れた台湾は、流行国の多くで感染者数が低下してきている時期に約1ヶ月遅れで流行のピークを迎え、台北市の和平病院では若手の医師が複数亡くなる等被害が拡大し、被害国の中で終息が最後となった。その教訓から台湾はWHOにオブザーバー参加できるように働きかけ、また、和平病院は感染症専門病院に指定され、徹底的に対策を進めた(写真1,2:坪内撮影、2011年)。

今回、台湾は、韓国・ドイツ・ニュージーランドとともに、新型コロナ対応の優等生と高く評価されている。115日、新型コロナウイルス肺炎を法定感染症に指定、出入国制限(124日出国禁止、同26日湖北省からの入国禁止、25日中国からの入国禁止)を皮切りに迅速に決定を下し行政が有効に行動できたのは、蔡英文総統をはじめとして、副総統、行政院長(首相)、衛生福利部長(厚労大臣)、IT担当大臣等の存在が大きいが、SARSの経験によって必要な法整備がすでに整えられていたことも影響しているといわれている(台湾中央通訊社、PRESIDENT ONLINE)。また、他国の被害状況把握と対応分析に加え、国内では、行動制限と並んで、マスク購入ルールをいち早く、しかも厳密に示した。衛生福利部は、216日に、保険証とパスポート(渡航歴)をリンクさせ、個々の感染リスクを把握すると同時に、さらに、保険証番号によってマスク購入の順番を決めたり、買いだめや転売等を抑制するために購入数を限定するなどしたことも早期の被害低減に効果的であったと思われる。また、ホームページ配信(衛生福利部疾病管理署https://www.cdc.gov.tw/En)に加え、LINEで情報を配信する等情報格差対策として、複数の配信方法を用いた。

 

写真1

写真2


4.今後の見通し

日本では、台湾から約2週間遅れで、新型コロナウイルス感染症を指定感染症に分類し、感染症法分類で1類から3類相当の感染症に必要な実質隔離である入院措置が可能とし、また、それに見合った治療を患者に対して行うことを発表した。しかし、陰圧の病室等を有する指定感染症医療機関や病棟・病室・専門医等には限りがあり、また、感染疑い者を停留させる施設は事前には用意されていなかった。入院措置の決め手となるPCR検査等の制度整備が不十分であったにも関わらず、行動制限の面で動き出すのがあまりに遅く、政策の順番や内容も計画性がなく場当たり的な印象が強い(図 新型コロナ感染者:坪内作成、出典worldometer但しデータは20202/15-5/2に関して)。

グローバル時代では、感染症の潜伏期間、不顕性感染、問診やサーモグラフィーの限界等も関係して、日本に限らず、感染症は各国に必ず入り込んでくる。そのため、国内被害が拡大しないように、いかに早く、初期対応で封じ込められるかが、特に新興感染症の対策では重要であるが、今回は、後手後手になっている。

今後被害が増加する中何より懸念されるのが医療崩壊である。イタリアやアメリカのように、医療者の死亡が増加したり医療資源が不足していけば患者の致死率も上がる。SARS終息まで9ヶ月を要したことから考えてコロナとの闘いはSARS以上に長期化すると思われるが、国家存続の危機に繋がる医療崩壊は何としても避けなくてはいけない。

したがって、倒産、解雇、児童虐待、DV、殺人に到るまで様々な問題の引金や、社会全体のストレスとなっている現在の行動制限ではあるが、要請ではなく指示や措置に切り替えて、また他国がすでに実施しているように罰金や罰則を科すなど指示違反に対する対策を強化することが求められる。しかし、その一方で、国民への経済的支援もしっかり行い、できるだけ短い期間に新規患者を減少の方向に持って行くといった、短期集中での対応が、今後の日本の新型コロナウイルス感染症対策としては大切なのではないだろうか。

そして、終息後には、災害教育と同じく、倫理教育を含めた感染症教育を学校のカリキュラムの中に組み込んで行くことが望ましい。

以上

 

【参考文献】

l   坪内暁子, 内藤俊夫, 佐藤健, 佐々木宏之, 今村文彦, 仲田悦教, 范家堃, 奈良武司, 国際都市新宿区の成城学校避難所地域住民にむけた新型肺炎COVID-19予防策(続報), 地域ケアリング, Vol.22(6), pp.72-75, 2020

l   坪内暁子, 内藤俊夫, 佐藤健, 佐々木宏之, 今村文彦, 仲田悦教, 范家堃, 奈良武司, 国際都市新宿区の成城学校避難所地域住民にむけた新型肺炎COVID-19予防策, 地域ケアリング, Vol.22(4), pp.68-73, 2020

l   坪内暁子, 丸井英二, 青木孝, 上野隆, 范家堃, 奈良武司, 新型インフルエンザ等重篤な感染症による被害を低減する学校教育に関する研究, 生存科学BVol.24, pp.107-133, 2014