危機管理の観点からみた新型コロナウイルス対応

 

 

危機管理システム研究学会 顧問

 

辻 純一郎 PhDJD

 

 

 

コロナ危機対応は戦時体制下という意識が必要

 

欧米が「戦時体制にある」との認識の下に取り組んでいるのに対して、わが国は長期戦略もないまま、場当たり的対応に終始するのは、現実を直視しない“否認の病”に加え、指揮官不在、海外では当たり前のクライシスマネージャー不在があるように思う。

 

感染症対策は国の安全保障政策の重要テーマである。しかし、官邸のみならず一部の方を除き、行政側(厚労省)、議員(与野党の国会議員)、企業経営者(サラリーマン経営者)から国民に至るまで、その危機意識は薄かった。

 

1986年、中曽根内閣は内閣官房内閣安全保障室を設置し、防衛施設庁長官(警察官僚)の佐々淳行氏を室長に置いた。その後の組織改編を経て、現在、内閣安全保障局(北村滋局長)として、国家安全保障に関する外交・防衛政策の基本方針・重要事項に関する企画立案・総合調整をその主たる任務とするが、「感染症対策は国の安全保障政策」の一環であるとの認識は薄いようである。そのせいか新型コロナ対策の指揮命令系統や責任の所在が国民には見えてこない。

 

政府の新型コロナ対策は、場たり的と言われても仕方がない。にも拘わらず、世界に比べると死者の数は桁違いに少なく、74日現在、977名と、都市封鎖もせずに何故、ここまで抑え込めているのか、世界中の専門家が首を傾げている。

 

 

 

危機管理では台湾・ニュージーランド・ドイツが優等生

 

危機管理は、①危機の予知・予測(情報管理システム)、危機防止又は回避・危機対処の諸準備、③危機対応(クライシスコントロール)、④危機の再発防止、の4段階を踏む。

 

危機管理の原則に則り模範的な対応をしたのが、台湾の蔡総統、ニュージーランドのアーダン首相、ドイツのメルケル首相である。

 

蔡政権は、SARSの手痛い経験を踏まえ、独自の情報網を下に年末には中国便の機内防疫を開始。感染者数448名、死者数7名(72日現在)と封じ込めに成功している。

 

蔡政権の閣僚には医療関係者が多い。専門家による防疫優先主義、大まかな戦略の下、即実行、事態が変われば即時修正。蔡総統自らが国民の不安や疑問に徹底して答えるリスクコミュニケーションは素晴らしい。この点、ニュージーランドやドイツの首相も同様である。

 

対して日本。新型インフルエンザ流行後の2010年に纏めた報告書の提言にある国立感染研や保健所の体制強化提言に対し縮小、検査体制も構築せずの体たらく。猛省が必要である。

 

コロナ後の組閣は、派閥の都合と当選回数で大臣を任命するような愚から卒業し、台湾に倣い、官僚が指揮官として心腹するような見識ある人物を大臣に任命すべきである。

 

 

 

安倍政権のコロナ初動対応はなぜ失敗したのか

 

長期政権で数多くの危機をくぐり抜け、危機管理に定評のあった安倍内閣は、新型コロナ対策で、なぜ手痛いミスを連発したのかの検証が必要である。

 

乾正人氏は著書「官邸コロナ敗戦(ビジネス社)」の中で、その理由を「第二次安倍政権発足以来、安部首相を支えてきた首相官邸の“三本の矢”体制が崩れてしまったからだ」とし、「内閣を菅官房長官、首相の日程管理と経済政策は今井補佐官、外交・安全保障は谷内局長と、牽制しながら勢力分野を棲み分け、“三本の矢”という神輿の上に安部首相が乗るというバランスのとれた権力構造だった。ところが・・平成29年頃から“三本の矢”の結束が揺らぎ始めた」とする。

 

初動対応の失敗の要因がこの点にあることは間違いなかろう。乾氏が指摘するように、初動対応の失敗は、政権の長期化に伴い、側近たちもある者は去り(ex.価値観外交を進めた谷内氏)、ある者は権力を失い、残った者の気の緩みと驕りが顕著になった結果といえよう。

 

第二波では被害拡大も予想され、直ぐにも体制を整え、長期戦略を策定し、確実にやってくる秋の第二波に備えなければならない。

 

 

 

情報が存亡を決める ~政府は正しい情報を分かり易い言葉で発信すべき

 

指揮官の適正な判断には、情報を下に、指揮官の「経験+知識+悟性」が必要である。経験は自らや先人の体験や歴史に学ぶ、知識不足は専門家の知恵を活用する、悟性は持って生まれた感性ともいうべきものであり、情報や知識、経験不足を補うものである。

 

危機管理では、情報が存亡を決める。指揮官に、適宜・適正な情報が上がってこなくては話にならない。感染症対策の所管は、厚労省結核感染課(医系技官が課長)であろう。わが国は、国連やWHOといった国際機関を過大に信頼し過ぎである。テドロス事務局長の情報に依存した結果、初動対応に失敗した。WHO盲信のツケが一気に露呈した感がある。

 

また、正しい情報を国民に適宜・適切に発信しないと、自粛警察やマスク警察等のように、偏見、差別を生むばかりか、国民は、そもそも論を知らされぬ故に感染してしまうこともある。

 

東大名誉教授児玉龍彦氏がいうように“全国一律のステイホームは日本を滅ぼす”し、ゼロリスク指向のあまり“42万人死亡”や“人と人との接触8割減”といった言葉が飛び交い、現実離れした“新しい生活様式”が喧伝された。民度の高いわが日本国民に失礼である。

 

専門家は、“ステイホーム”や“ソーシャル・ディスタンス(正しくはSocial distancing)”を要請、小池知事に至っては、“with コロナ”、“ロックダウン”、“東京アラート”などやたらカタカナや意味不明の造語を使い、マスコミはこれに飛びつき不安を煽った。

 

専門家は、新型コロナウイルスの正体(怖さと敵の弱点)をきちんと説明し、その上で感染防止対策を語るべきである(本末顚倒の言説多し)。感染防止の原理・原則を理解すれば応用も効く。

 

感染は、感染者のクシャミや咳、つばなどと一緒に放出された飛沫物による飛沫感染と、物に付着したウイルスに触れる接触感染の2つによって伝播する。感染防止は、①外出を控える、密閉・密室・密接など閉鎖空間に身を置かない、③不顕性感染もあるので、他人にうつさない・うつされないようにマスクをする、④うがい、手指の手洗い・洗顔の励行、⑤大集団でのイベント回避など基本的な感染予防の行動・習慣をすれば足る。

 

以上